歯を磨く。洗面所の鏡の前に立つ。
 うん。鏡は昨日の磨いたばかりだから、今日もピカピカ。
 私はいつものようにゆっくりと蛇口を調節して好きな温度にお湯を調節する。お湯の温度というのは重要で、あまり熱すぎるとお肌のために良くないし、だからといって冷たすぎると一日のはじまりがさっぱりしすぎてしまう。だから、いつも丁寧にじっくりお湯の温度を調節する。ここはもっとみんなこだわっていいのに、と思う。

 今日はいつもより時間がかかってしまった。気を付けていたはずなのだけど、指にせっけんが付着していたようで、昨日念入りに磨いた蛇口がつるつる滑ってなかなか思う温度に決まらない。
 もちもちの泡を立てて顔を洗って、なんだか嬉しくなってきた。お肌の調子がいいみたい。泡が滑るように動いて、ほっぺのあたりも、つるつる♪
 とても気分が良い。こんな日は、何でも上手く行く気がしてしまう。晴れた気持ちで窓の外に視線を向けると、あれ?おかしいな。このガラスにはスリ模様があったはずなのに、まっ平ら・・・?そういえばさっきからなんとなく違和感を感じていた壁も、あらためて見てみると、やわらかい凸凹は無くなってつるつる。指先でなぞってみる。つーーーーっと、気持ちよい抵抗のない感触。あらら。気をつけなくては。この分だと床も・・・、やっぱり。

 滑って転ばないように気を付けて体の向きを変え、タオルを手にする。朝からおかしなことが続いているからさほど驚きはしないけれど、おかしなことにタオルも紙のように繊維の表面はつるつるだった。つるつるの私のほっぺに、つるつるのタオル。何の摩擦もなく滑るその感触が何とも気持ちよい。どういう仕組みで水分を吸い取ってくれるのか不思議だけれど、抵抗のない感触というのはとても素敵なものだ。
 私は普段使っていない筋肉をフル回転させ、転ばないように変な態勢で、つるつるした床の上を滑るように進んでいった。げらげら笑いながら。

 東京女子大学日本文学科卒業、夜中のお菓子研究家