平日の主婦は、もちろん働く女性ほどではないけれどそれなりに忙しい。
 一日の組み立てや家族の行動を頭の中で組み立てながら、いろんなことを進めていかないといけないから、これでも結構大変なのだ。自分が思っている時間の目測を誤ったりすると、それだけでいろんなことが狂ってしまう。

 何となくうまくいかない時はやはり、外に出て買い物をするに限る。夕方の方がお買い得品は多いけれど、テキパキ働く店員さんに頭を下げながら、午前中にぶらぶら品物を眺めるのもいい。
 困ったな、食欲の秋とはよく言ったもので、何もかも美味しそうに見えてしまう。とりあえず、きのこ。繊維質。体のお掃除係。
 しかし、パックを持ち上げた途端、驚いて思わずそれを落してしまいそうになる。慌てて両手で持ち直す。
 そのきのこのパックは、手に持った途端透明になり、とろーりと垂れ下がってしまったからである。それは、次にナスを手にした時も同じだった。ナスは手の上でとても美しい紫のゼリーとなって、ぷるんぷるんとふるえていた。 面白くなって、私は次から次へと食べ物を探しに行った。
 きらきらひかる目玉ときらきら光るうろこ。両手を広げるとその「もと、さんまであったもの」は手品のようにとろりとなって、まるでそれは食べ物というより凝縮された海のゼリーのようになった。 私の手に触れたものは、それらの持つ美しいところだけを切り取ったような不思議な液体のようなかたまりとなった。あの高野豆腐でさえ、大豆の畑を思わせる少し緑がかった黄土色の、体のもととなるとても頼りがいのあるたんぱく質のかたまりとなった。 
 気付かなかったものの本質が見える気がして、私はこのこじんまりとしたスーパーでいそいそと新しい発見をして回った。

 東京女子大学日本文学科卒業、夜中のお菓子研究家