買い物に行っていたために、掃除を後回しにしていた。主婦には、「片づけ苦手系」と「料理苦手系」と、大雑把に分けて2種類のグループがあるらしい。どうやら私は、掃除を後回しにする「片づけ苦手系」になるようだ。
 やれやれ・・・。と、充電の終わった掃除機を何気なく手にする。う。どうして。この感触は。すごく、痛いんですけど・・・。
 見たことのないとげとげがたくさんできていた。いつの間に?仕方ない、そーっと痛くないように持ち上げて、掃除機をかけ始める。いや、しかしそれはできなかった。壁といわず床にまでそのとげとげが広がっていたからだ。思わず手をついた机の上にも、凸凹とした突起が飛び出ていて、思わず私はバランスを崩してよろけた。床に当たるであろうおしりの痛みを予測しながら・・・。

 と、そこで私は「いや!」と思わず声を出した。すると思いもかけない頭上から「ダメでしたか?」という声が聞こえる。どうやら私は、帽子のようなものをかぶり、何かを手に持って、薄暗い事務所の堅い椅子の上に座っているようだ。
 「最後のとげとげはお気に召さなかったようですね。結構これを選ぶ方もまれにいらっしゃるので、ものは試しに体験してもらったんですけどね。」と、その男は言う。
 思いだしてきた。そうだ。私がこの部屋に来たのはつい30分前。自分で扉を開けて入ってきたのだ。「変わった人生観あります。」という表の看板につられて。ちょっとした興味が湧いたから。
 「どれになさいます?ふわふわも幸せ度高いですが、やっぱりお勧めはとろとろですね。期間は一カ月で、お客さんは初めてなのでお安くしておきますよ・・・。」よどみなく話すその男に私は言う。「そうですね、今日はやめておきます。」そしてかぶっていたものを脱ぎ、手の中の小さな装置を机の上に置く。コトリ、と、乾いた音がした。
 男はしばらく何かを探すように私の顔を見ていたが、やがてにっこり笑って言った。
 「いつでもまたどうぞ。お待ちしていますよ。」

 東京女子大学日本文学科卒業、夜中のお菓子研究家